|ギリシャ神話メルマガ|ギリシャ旅行記|ギリシャ旅の写真|+はじめに +旅のポイント +旅のルート +アテネの夜明け +アクロポリス・パルテノン神殿 +国立考古学博物館/スニオン〜ポセイドン神殿 +アテネ〜現代のアゴラ・古代のアゴラ +カランバカへの列車の旅 +メテオラ〜ギリシャ正教修道院 +世界のへそデルフィ・雨 +
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■ 4月5日 国立考古学博物館・スニオン〜ポセイドン神殿 ■ 昨日知り合ったEが、ギリシア旅行について不安な こと分からないことがあったら色々相談に乗ってくれるというので、 シンタグマ広場の噴水前で午後1時に待ち合わせをした。 午前中は、アテネでアクロポリスの次にぜひ訪れておきたい場所、国立考古学博物館へ一人で行き、午後Eと会って、その後スニオン岬行きのバス停まで送ってもらうことになっていた。 じっくり見学したいので、開館(8時)とほぼ同時に入場するつもりで、5時半という時間に早起きしたが、さすがに疲れていた。昨夜の腹痛は消 えていたが気だるさは抜けず、ベッドの上で本やノートを眺めてご ろごろしているうちに時間が過ぎてしまい、ようやく腰を上げてホテル の部屋を出た頃には、10時半を過ぎてしまっていた。 ■ ■ ■ 博物館へは、シンタグマ広場からオモニア広場へと、北西へ抜ける道を行く。 シンタグマ広場は旅行者むけの顔、「気取り」の気配が強いが、オモニア広場は現地の人々の「生活」を垣間見せるような場所だ。 アカデミー、アテネ大学、国立図書館などが立ち並ぶパネピスティミウ通り(「大学通り」の意)を歩く。 アカデミーの入り口、楯を持って屹立するアテナ像の存在感に、思わず足を止めた。アテナには、絵画よりも彫刻、キャンバスに閉じ込められておくことよりも、石から取り出されることのほうが似合うと私は思う。 烈々とした質感でせまってくるような、アテナの熱と誇り。一方、同じ処女神の凛々しさでも、月と狩りの女神アルテミスのそれは、触れて感じることの出来ない絵画のあやうさがハまる。 車道は、かなりの交通量。オモニア広場に近付くにつれ、歩道を歩く人の数 もいや増してゆく。やがて到着したオモニア広場は、ものすごい混雑ぶり。 この場所を中心に、6本の主要道路が東西南北あらゆる方角へ放射状にのびているのだから無理もないが、それでも予想していたよりも数十倍うるさくて、ごみごみしている。 方向音痴の私はすっかり混乱してしまって、どっちがどっちだかさっぱり分からない。このあたりは治安も良くないらしいので、あまり目立つように地図を広げたくはない。 しばらくうろうろして、ようやく博物館への道、パティシオン通りを見つけ、小走りに向かった。11時半を過ぎてしまったので、待ち合わせ時間を変更してもらおうと、博物館の入り口の公衆電話からEに電話をしたが、もう出掛けてしまっているのか、応答なし。仕方がない。急ぎ足で見て回らなければ。 中に入ると、意外にこじんまりしていていた。幸い、混雑もしていない。 ここを訪れるにあたって私が一番楽しみにしていたのは、ポセイドン像を見ることだった。 穏やかさと残忍さを併せ持つ、海の神。凪と嵐。恵みと破壊。怒りと微笑。包容と狂信。底知れぬ深さ。大地を揺るがすもの。私はうお座なので、彼には特に会いたかった。ポセイドンはうお座の支配星、海王星の象徴である。 「彼」は突き当たりの室に置かれている。室の入り口のずっと手前から 自然にフォーカスが定まる道のゆくえ、中央位置に在り、三叉の鉾を 投げるために力強く掲げられた右手が、遠目で見ても揺るぎないオーラ を発している。
間近まで来て、顎髭に覆われたその顔を見上げる。首から肩へ、肩か ら腕、胸、腹、やがて足の指の一本一本までを舐めるように見つめても、 一分の隙もない。全身を覆う筋肉がひどく生々しく張り詰め、今にも顕 示されようとする神の力を漲らせている。 やはり、何といっても右腕が美しい。今、この瞬間、彼の心臓はこの右腕の中に ある。 彼はヘルメスのような若者ではないが、かといってゼウスのような父 権も持たない。彼にも妻がいて、子供がいるが、まず生殖者として存在 するゼウスとは異なり、彼の役割はもっと別の部分にあった。 気まぐれな海。迷いも、孤高も、癇癪も、愛情も、全てが彼の中央で回転する一つの渦の中 に呑み込まれてゆく。 柔らかな光の射し込む室内で、冷たく熱い彼の情 念は、悠久の時を経て、いったい何処へ向かうのだろうか。 ■ ■ ■ 博物館を出て、喧燥を駆け抜け、急いでシンタグマへと向かう。アスフ ァルトの上の騒音に包まれながら、林立するビルの向こう、時折アクロ ポリスが見え隠れするのが、何とも不思議な光景である。 申し訳ないことに、20分遅れてしまった。今帰ろうと思っていたと ころだ、と言うEに必死で謝って、電話したんだけど……と一応遠慮が ちに言ってみると、画材屋に出掛けていたらしい。 昼食は食べたかと尋ねられて、まだと答えると、近くのスタンドでス ブラキを買ってくれた。 ギリシャ料理で有名、かつ値段も手頃、スタンドで気軽に食べられるのは、なんといってもギロとスブラキだ。 昨日やはりEにごちそうしてもらった「ギロ」は、あぶった大きな肉の塊を薄くそぎ落としたもの。タコスのように、ピタと呼ばれる皮にはさんで食べるのが普通。 「スブラキ」とは、焼いた肉や魚を日本のやきとりのような形とサイズで鉄串にさしたもの。味付けも塩胡椒だけとシンプルだが、素材そのものの味、歯ごたえ、ジューシーな焼き具合が、とてもおいしい。 今日は昨日よりもかなり日差しが強く、これが本来のギリシアの春の 光なのだろうな、と思う。帽子を深く被っていても眩しい。 この容赦ない光に洗われていると、前を見据え、槍をかざし、切り開こうとするアテナの情熱が、はじめはぬるく蠢き、やがて沸点を突き上げ、溢れ出てくるような気がする。 もともと同じ処女神ならばアテナよりもアルテミスにインスパイアされることの多かった私が、今、アテナに強く惹かれるのも、きっとこの光に酔っているせいだ。 が、アテナから引火した感情の灯火は、彼女の名を戴くこの町を、凄烈な勇気と情熱とで満たすだけでは足りない。その熱は時に、危険な暴発の火花ともなる。 車とバイクが接触したらしく、壮年の男と若者が、路肩で大声で怒鳴 り合っている。肩をいからせ、腕を振り回し、舞台芝居のようにダイナ ミックだ。昨夜も国立庭園前の車道で、あれも恐らく接触事故だろ う、ギリシア人同士が大喧嘩しているのを見たが、そのときの迫力も相当なものだった。つい、道の譲り合いでもめたオイディプスの父王殺しを思い出してしまう。 Eは一緒に国鉄予約センターまで行ってくれた。明日 の朝8時24分発、パレオファルサロス経由、カランバカ行きのチケッ トを買う。カランバカは、そびえ立つ奇岩の上の修道院群、世界遺産メテオラの麓にある町だ。 明日からカランバカ、古代ギリシアのへそデルフィ、オリンピック発祥の地オリンピアなどを回り、イースター連休期間に入る13日の聖金曜日の前日にはアテネに戻ってきて、 その後、島々を廻るつもりだ。 ここ数年イースターはナクソス島で過ごすことにしているというEと同じ船で行く約束をしたので、アテネに戻ってきたら電話する、と言って、バスに乗るのを見送ってもらい、別れた。 ■ ■ ■ 午後3時30分。スニオン行きのバスは、やや混雑している。通勤、通学 圏でもあるのか、観光客でない人も多いようだ。 斜めに差し込む強い光が眩しい。アポロコーストの海は太陽の黄金を 反射して、きらきらと光る。 見ているだけなら泳げそうなのだが、まだ 水は冷たい。だが、それが信じられなくなってしまいそうなほど、光と 海と大気とがひとつになって、歓喜を謳っている。 野生の花と犬たちが、 大地から、それを見守っている。理性を失ったら、飛び込んでしまいそ うだ。 海沿いを2時間走り、やがて遠く岬の突端に、ポセイドン神殿の姿 が小さく、だが鮮やかに、目に飛び込んできた。 こういうロケーションに神殿を建てるなんて、古代ギリシア人のセンスには感服の至りだ。 自然の美と人工の美を融合させ、一体化させる術を、よく知っている。 可視的にも、不可視的にも、ヒトの領域と神の領域とをつなぎ、導き、称えるにふさわしい場所だ。 バスはポセイドン神殿入り口のすぐそば、終点に到着。 スニオン岬は、夕陽が美しいことで有名だ。私がこの時間に到着するように計画したのもそのためだ。 戻りの最終バスは7時発なので、滞在時間は1時間半ほどある。はたして夕陽は見られるだろうか。 アテネの喧騒を見下ろすアクロポリス、パルテノン神殿とは異なり、一面の海と空へと突き出したポセイドン神殿は、静かで、清雅で、異界へ通じる最後の砦のよう。 大気の色合い、肌触りまでがまるで違うような気がする。くっきりとした青と白の対比。心が洗われる。 神殿を遠く離れて、広い崖を海へ向かって下った。光と花の中、土の上に座って青と向き合い、合わせ鏡の前で、私はひとりだった。
身を投げるなら、こんな光の融けた海がいい。 私に自殺願望はないが、確かにそう思った。きっと、最高の賛辞だと思う。 春の娘ペルセフォネが無心に花を摘むイメージが、まざまざと思い浮かぶ。 そして、この限りなく幸福な風景の中で、いのちの歓喜と同じくらいはっきりと感じる、ハデスの王国の気配。或いは、エウリュディケを噛んだ毒蛇。 咲き誇る花畑と、蒼白い世界の対比。 恋の扉と共にぽっかりと開く、生者の世界と死者の世界を結ぶトンネル。 恋人と、春と、死。 目の眩むほどの光の裏に潜む、唐突に全てを呑み込む闇。 春は、死と生が融け合う季節。自分を生み出すために、自分を壊す。むしろこれは、再生願望なのだろうか。 ■ ■ ■ 午後6時を過ぎると、陽が目に見えて傾き始め、急速に寒くなってきた。神殿のそばに戻って、バスが出るぎりぎりまで過ごしたが、夕陽を最後まで見送ることは出来なかった。 帰りは渋滞で、随分時間が掛かった。バスの中で、またおなかが痛く なる。まだ体調が万全ではない。 9時40分、ホテル着。遅くなってしまった。明日はアテネを離れる。絶対に寝坊 出来ない。しっかり眠らなければ。 |
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