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 4月6日 アテネ〜現代のアゴラ・古代のアゴラ

 ギリシアに来て、初めての鉄道の旅だ。ともかく早め早めに行動しておけば安心、と、4時には起きて、6時半にはチェックアウトをした。
 外はまだ暗いが、国立庭園前のバス停へ行くと、通勤途中らしき人々が大勢立って待っていた。
 ラリッサ駅へ行くために、ここから1番のトロリーバスに乗る。昨日Eに、何度も念を押された。バスチケットは、昨日のうちに買ってある。
 場所は間違いない筈だが一応確かめておこうと、すぐ前に並んでいた人に声を掛けると、英語は分からない、と身振りで示されてしまう。
 その前の人も、またその前の人も駄目。一番前に並んでいる若い女性に聞いてみたらと指差され、彼女に話し掛けると、ようやく英語を受け入れてくれた。
 ギリシア人のほとんどが英語を問題なく話す、と聞いていたが、やはりそれは、ホテルや観光地などで日常的に旅行者を相手にする人たちに限っての話だろう。
   「ラリッサ駅へ行くにはこのバス停からですか」と尋ねると、「ネ(ギリシア語でyesの意)」と頷いてくれたので、お礼を言って、そのままトロリーバスの黄色い車体が見えてくるのを待っていた。
 するとその直後、一台のブルーバスがやって来た。
 私が乗るのはトロリーバスなので、そのまま停留所に立って彼女が乗り込もうとするのを見ていると、乗車口から彼女が、早く来い、というように手招きする。
 ああ、どうやらこのバスでも行けるんだな、と思い込んだ私は、それ以上深く考えようともせずに、彼女に続いて何となくそのバスに乗り込んでしまった。

 まだ7時前だというのにバスはかなり混雑していて、運転手さんのそばまで行きたかったが動けなかった。このバスは本当にラリッサ駅へ行くのかどうか、バス停では必要もないのに人に尋ねたくせに、乗り込んでから周囲の人に確認するのを怠った。
 本当に、どうかしていた。
 駅らしきものが目に入る前にバスからはどんどん人が降りてゆき、20分くらい走っただろうか、やがてあんなに混んでいた車内が、すっかりガラガラになった。
 いくらなんでもおかしいと気付き、運転手さんに近付き、ハンドルを握っている背中に尋ねる。すると、何か言いながら後方を指し示している。
 ああ、やはりそうだ。過ぎてしまったのだ。
 どうやら、終点から別のバスで戻るように言っている。その後間もなく、バスは住宅地のど真ん中のような場所に到着した。
 教えられた別のバスに向かって走り、「ラリッサ駅に行きたいんです〜」と訴える。地図を出して、「ここっ! ここ〜っ!」と必死だ。
 後悔と焦りと心細さですっかり気が動転して、きっと、幼児の迷子のような顔と口調になっていたと思う。
 優しそうな運転手さんが「30分くらいで着くよ」と微笑んでくれて、胸を撫で下ろした。30分なら、何とか8時24分発の列車に間に合いそうだ。

 席がやや埋まった頃、バスが動き出した。もとの方角に戻るにつれ再び混み始めた道をじりじりと進みながら、列車の発車時刻は刻々と迫ってくる。
 旅も3日め。不安や緊張、トラブル、パニックを通り越して「もう、どうにでもなれ」という妙な達観が、ようやく芽生え始めた。

 見覚えのある景色にやって来たバスは、オモニア広場を過ぎ、シンタグマも通過。
 どう考えても、ラリッサ駅の方角から再びどんどん遠ざかっていくようだが、迷子状態の私は全面的に運転手さんを頼りにして、すぐ後ろの席にへばりついて、信じて待っているしかない。
 そして、とうとう、列車の発車時刻は過ぎてしまった。

 その後もしばらく走り、乗客が再び少なくなってきた頃、ようやく運転手さんが振り返って私を見た。「ここで降りて、駅の人にどっちのホームから乗るのか聞くんだよ」と言う。
 ラリッサ駅に着いたのだろうか、と思いながら降りると、そこは、ネオスコスモスという地下鉄駅の前だった。
 誠実そうな運転手さんは、バスを降りるとききょとんとした顔をしていた私に、「大丈夫?」と心配そうに何度も聞いてくれた。きっと、彼に出来得る限りのことをしてくれたのだと思う。結局列車には間に合わなかったが、そもそも自業自得だ。
 階段を降りて、構内に入る。表示も分かりやすく、旅行者でも簡単に使いこなせる。ラリッサは、ネオスコスモスから7駅め、シンタグマからなら、4駅めだ。シンタグマから地下鉄に乗れば、厄介なバスに乗ることもなく、難無くラリッサまで行けたのだ。今になって気付くなんて、まったく間抜けである。







 ラリッサ駅に到着したときには、9時を過ぎていた。Eに電話して事情を話すと、駅まで来て駅員に掛け合ってくれるという。本当に、彼のおかげでどんなに心強いことか。
 駅の前で、また犬と一緒に座り込んでEを待つ。アスファルトの上の私を犬は怪訝そうに一瞥したが、それでもそばにいてくれた。知らない大きな街は疲れる。早く島か田舎町でゆっくり休みたいな、と考える。
 なかなか来なかったEがようやく現れて、溜息まじりに「こっちじゃないだろ」と言う。
 アテネの国鉄駅は2つある。ペロポネソス駅とラリッサ駅だ。
 北のテッサロニキやトルコ方面へ行くときにはラリッサ駅、ペロポネソス半島方面へ行くときにはペロポネソス駅を利用するのだが、そういえば昨日、カランバカへ行くにはペロポネソス駅から乗るんだ、と、彼は言い張っていたんだっけ。ペロポネソス駅のほうにいると思って、そちらで探してくれていたらしい。
(旅行される方が混乱しないように念のためにお断りしておくと、カランバカはアテネからテッサロニキへの間にあるため、ペロポネソス駅から、というのはEの勘違い。ラリッサ駅から乗るのが正しいです。)

 乗り過ごした列車のチケットを交換してもらうため、窓口の列に並んだ。手続きを終えるまでにはかなりの時間が掛かったが、それは窓口が混雑していたからだけではない。
 あちこちの窓口をたらい回しされるし、そうかと思えば、今度はコンピューターが壊れたとかで業務が全てストップしてしまい、苛つくお客さんと横柄な駅員さんが、大声でケンカを始めたり。熱気のせいか疲れのせいか、私はなんだか頭痛がしてきて、念のため鎮痛剤を飲んだ。
 午後にもう一本カランバカ行きがあるが、到着は午後9時過ぎになってしまうらしい。ホテルも決めていないことだし、暗い時間に知らない場所へ到着するのは不安なので、もう今日のカランバカ行きは諦め、明日の朝、同じ時刻の列車で行くことにした。
 座席指定のインターシティーだったので、半額のキャンセル料を支払わなければならなかったが、乗り過ごしたのは全面的に私のミスなので、仕方がない。
 ようやく新しいチケットを手にした頃には、もうお昼近くになっていた。
 お言葉に甘えて、その日はEの家に泊めてもらうことにした。







 予定になかった、アテネでのもう一日。
 午後はアテネ近郊のダフニ修道院かエレフシナ遺跡へ行こうかとも考えたが、3時には閉まってしまうし、またバスで迷ったりしたら洒落にならないので、今日はもう時間を有意義に使おうなどという企みはやめて、のんびりすることにした。
 歩いてオモニア広場に出て、「NEON」という有名なセルフサービスのチェーン店でサラダと紅茶だけの軽食をとり、その後、Eが夕食用に魚を買うというのでついて行った。

 市内中心部のその市場は、「現代のアゴラ」と呼ばれる。貴重品にしっかり気を配るように、とEが言う。
 肉や魚、野菜や果物、他にも見たことのないような食材が所狭しと並び、この街で実際に生きて、暮らす人々でごった返している。大きなバケツ一杯に溢れんばかりに詰め込まれて売られている巨大かたつむりには、さすがにたじろいでしまった。

 再び歩いて、今度は古代アゴラへと向かった。アクロポリスの丘の麓、人を育んだ広場。
 一昨日アクロポリスを訪れたときには、開園時間を過ぎていて入場出来なかった。
 アテネでもアクロポリス周辺へ来ると、まるで違う世界に踏み込んだような開放感で、心の翼が風を受け、リラックス出来る。
 街の喧騒のなかでは時に頭痛さえ招く強い日の光が、ここでは、ただ、心地よい。



 この平穏な場所が、かつてあの現代のアゴラに負けず劣らずの人、人、人に溢れ、情熱、活気を育んでいたということが、頭では分かっても、どうしても肌では信じられない。
 遠い古代、光と影、正と負、勝利と敗北、高揚と絶望が渦巻いていた筈のこの場所には、今、圧倒的な「光」しか見えない。
 全ての文明の行き着く先に、このようにあっけらかんと明るい「墓場」があるとすれば、現代に生きる私たちにとっての文明も、いつか確実に、祝福にも似た、こんな風景に辿り着くのだ。

 平地に建っているヘファイストス神殿は、おととい見たパルテノン神殿とも、昨日見たポセイドン神殿とも違い、控えめで、堅実な印象を受ける。
 発掘調査以前は、アテネ宗主テセイオンを祀ったものと思われていたこの神殿は、今でもギリシア人にはテセイオン神殿と呼ばれることが多いらしいが、我々異国人には、もはや世界共有の文化であるギリシア神話の世界から、鍛冶の神をイメージするほうがたやすく、馴染みやすい。

 神殿には、それぞれ神の相貌を思わせる、確固たる個性がある。
 そして、それを形成する要素としては、神殿のつくりそのもの、のみならず、ロケーションが非常に大きく関与している。
 的確で効果的な個性の発動には、神とはいえ、あるべき場所に置かれること、周囲との共存は避けられぬということだ。いわんや、人間をや。







 アメ横のようなイフェストウ通りを歩き、パンドロスウ通りで土産物屋を少し覗いて、2時半頃には、Eの家へ行くためにトロリーバスに乗った。
 Eの住んでいるアパートは、アギオスアルティモスという地域にある。集合住宅が立ち並ぶ、ごく普通の住宅街だ。街路樹のオレンジが美しい。
 干されている洗濯物、路上でサッカーをして遊ぶ子供たち、カーテンの開いている向かいのアパートの窓から見える夕食風景、など、人々の素顔の暮らしぶりが、瞳と胸の中にストンと落ちてくる。
 Eはアゴラで買った魚を、とてもおいしく料理してくれた。
 綱渡りのような旅の緊張が私をひどく疲れさせていて、その夜は半ば悪夢にうなされながら、泥のように眠った。


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