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 4月8日 メテオラ〜ギリシャ正教修道院

  最盛期の15、6世紀にはその数24に達したというギリシア正教の聖地メテオラに建てられた修道院は、現在では全部で6つを残すのみである。
 「空中に吊り上げられた」聖域。俗世間を切り離し、生きながらにしてそれを鳥瞰し、律への服従という仲立ちをよりどころに「天」だけを目指すための場所は、今や世界遺産に登録されたことも大きく手伝って、人気の観光スポットとして変化を遂げた。
 ひっきりなしに「下界」から上ってくるツーリストたちがもたらす俗の空気に圧迫され、その静謐は揺らぎ、脅かされる一方である。
 ギリシア正教最高の聖地アトス山では、気軽な観光客どころか、女性の入山が許可されていない。男性でも、込み入った手続きが必要になる。
 一方、大型観光バスと無邪気な傍観者で溢れかえるメテオラ。

 生に浸されることが、瀕死へとつながる。
 その場所で呼吸するものたちの様々な胸のうちが、より聖に傾くのか、俗に傾くのか、私には計り知れない。
 囲い込むべきか否か。踏み固められるべきか否か。拒み、守られてこその聖地か。誰しもを受け入れるからこその聖地か。
 天上ではなくこの地上で、聖地を具現化するための方法は。そしてその存在意義は。理想とするヴィジョンは、多々あろう。

 だが、いずれにせよ、その性別、国籍、宗教に関係なく、どんな旅行者でもこうして自由にメテオラ内の修道院を訪れることが出来るという事実は、自身もまた一介の見物人に過ぎない私にとっては、ただ素直に、ありがたいことであると思う。
 たとえそこにどれだけの生臭い息吹が混ざろうと、どれだけ冒されようと、その空気が今なお、濁りなく、清らかな、繊細に張り詰めた被膜の内側のように感じられる理由は、ここが高地だからというだけではないだろう。







 修道院の拝観時間はそれぞれ9時からで、途中2時間ほどの昼休みを挟み、夕方5時(夏期は6時)で終了する。
 今日乗る予定のバスが出る午後2時までに再びカランバカに戻ってくれば良いので、余裕をもって廻ることが出来る。
 一番北のメガロ・メテオロン修道院まで、午前と午後に一便ずつバスが出ているようだったが、時間は充分あるし、標識が分かりやすく出ていて迷うこともなさそうだったので、歩いて上ってみることにした。
 バスで15分。上り道とはいえ、足で行けない距離ではない。1時間経たないうちに着くだろう。

 8時半、準備を整え、フロントへ。立っていたのは昨日の中年女性ではなく男性だったが、チェックアウトする旨を伝えると、分かりやすい営業スマイルを浮かべながら、「ワンミリオン、ファイブサウザンド」と言う。
 ええ〜っ!? と思いながら、「フィフティーン、サウザンド?」と聞き返す。相手が頷くので、「昨日チェックインしたときフロントにいた女性から、確かに5,000ドラクマと聞いたんですけど!」と詰め寄ると、宿泊台帳を取り出してみせ、私の名前の隣に記されている数字を指差して、「ワンミリオン、ファイブサウザンド。書いてあるじゃないか」と言って憮然としている。
 それはまあ、Bランクホテルのバスタブ付きのこれだけ広い部屋で、5,000ドラクマなんて安過ぎる、ホントにホントだろうか、とは思っていたけれど。15,000ドラクマのほうが遥かに現実味がある。
 それでも、昨日の女性は確かに5,000ドラクマと言っていた筈だ。何度も聞き返したのだ。15,000ドラクマも出して泊まるなら、ランクは落ちても、もっと他のホテルを探してみたのに。
 結局は、それ以上遣り合うことはせず、15,000ドラクマを支払った。5,000ドラクマという金額があまりにも安すぎるので、主張するのに気が引けたからだ。
 次回から値段を尋ねるときには、必ず相手の目の前で筆記して確認してもらうようにしよう、と思った。旅人として未だ未熟な私は、こうやって失敗を繰り返しつつ学んでいくしかない。
 だが、ホテルのフロントに立つならば、ワンミリオンとは1万ではなく100万だということくらいは、せめて知っておいてもらいたい。何よりも、それが釈然としない。

 1日の始まりからぶつかってしまった小さな不愉快は、メテオラ見学から戻ってくるまでフロントで預かってもらうことにした大きなバックパックと共に、ホテルの中に置いていくことにした。
 失敗は、経験として生かせば良いだけのこと。くよくよしても、仕方がない。
 身軽な状態で、いざ、岩の塔の頂上へと向かう。
 空は曇りがちだが、不安定というよりは穏やかで、太陽光を増長させることなく柔らかに透かし、遠足のような道程を行くにはちょうど良い。
 観光バスの巨体がエンジンを唸らせて、すぐ真横を通り過ぎて行く。
 その重たそうな姿が、朝の爽やかな空気に直接触れ合いながら進む自分を、何とはなしに軽快な心持ちにさせた。
 見張りの巨人のように奇岩は旅人を見下ろして、やがて抱き込んでゆく。
 他に歩いている人物どころか、登り口で立て続けに追い抜かれて以来、車の影さえ見掛けない。ひっそりとした二車線道路を、ゆうるりと蛇行しながら上ってゆく。
 カランバカの隣町、カストラキを通過。順調に歩を進める。やがて、パノラマが開けた。
 ついさっきまで足許にあった世界が、もはや一幅の絵に変化して、別の時空のように、ひどくリアルから遠い。
 春の草木の柔らかな緑の敷布に散らばった、命を覆う屋根の赤。鮮やかなコントラスト。箱庭を取り囲み、守護してそびえる岩の壁。
 自分がもはや地上の一員ではなく、天への梯子に見立てられたその壁の、きわどい座標に引っ掛かかり、ゆるやかに天空を移動していることに、唐突に気付かされる。

 やがて前方左側、修道院らしい建物の一部が見えてきた。地図で確認すると、アギオス・ニコラオス修道院のようである。
 駐車場脇から、通路を上り始める。急な傾斜の連続に、やや息が上がる。
 到着し中に入ると、明らかに異質な空気と薄暗さが、隠者の洞窟を思わせる。
 どんなに観光地化されようと、メテオラの修道院が神聖な場所であることには変わりない。
 肌を露出した格好での入場が許されないのはもちろんのこと、女性がパンツ姿で入ることも禁止されている。
 ウエストにゴムの入ったその場しのぎのロングスカートを修道院側が貸してくれるので、ジーンズの上からそれを穿く。
 20世紀初頭まで、修道院を頂いた岩山には道も階段もなく、下界からここまで人間や生活物資を運ぶ手段は、滑車に吊るした網袋だけだったそうだ。
 実際にその滑車を目の当たりにして、遠く想像の翼を広げようとするが、そのイメージは史実というよりは、もはや完全に、ファンタジーの挿絵である。
 テラスに佇んで見晴るかすカストラキの町は、呼吸する清々しい空気と相俟って、祝福された、平和な場所のように映る。
 見下ろすのではなく、向き合っている、といった感覚。地上は、卑下されるべき場所ではない。
 アギオス・ニコラオスは、素朴で小さな、メテオラで最も目立たぬ存在であろう修道院で、他の修道院に比べ訪れる人も少ない。
 静けさの中、しばらくゆっくりと空想と景観を楽しんだあと、再び道に戻り、次にルサノス修道院を目指した。

 道すがら、行き合う岩の表面を、ロッククライミングをする人々の小さな影が蠢くのが見える。
 あらゆる角度から視界に飛び込んでくる奇岩同士の対話に耳を傾け、それを楽しみながらも、そろそろ疲れ、足取りが重くなり始めた頃、ようやく到着した。
 入り口へは、手前の岩から橋を渡って行くようになっていて、ギリシア国旗と白い十字架に迎えられる。
 ルサノスは尼僧院で、建物それ自体から、どことなく清楚で可憐な印象を受ける。
 アギオス・ニコラオスのような隠れ家めいた雰囲気はなく、むしろ明るい。
 概して恰幅のよい黒衣の修道女たちも、どことなく親しみやすく感じられる。飢餓よりも飽満に向き合うような安心感。
 美しい調度品やフレスコ画を鑑賞した後、老齢の修道女がひとり掠れた声でビザンティン聖歌の練習をしている土産物売り場で、手の中に納まるサイズのイコンのレプリカを買った。2つで1,100ドラクマ(約360円)と、安価なものだ。
 黄金を背景に、赤と青、円と十字の合体から生まれる秩序が、ここにも閉じ込められている。

 時間はたっぷりあると思っていたが、ルサノスを出た時点で既に正午近くになってしまっていた。カランバカからここまでの距離と、また歩いて戻ることを考えると、もはや決して余裕があるとは言えなくなってしまった。
 メテオラ最大最古の修道院メガロ・メテオロンだけは訪れて、その他は諦めることにした。ルサノスから再び道を上り、ヴァルラーム修道院との分かれ道を右へ。
 600年の歴史を持ち、メテオラの行政を司るメガロ・メテオロンは、これまでの2つの小規模な修道院とは違い、かなり混雑していて、最も観光地風のムードを醸し出している。もちろん、日本人団体ツアー客にも遭遇した。
 が、同時に、来訪者たちの聖なるものへの情熱が、強くはっきりと渦巻いているのも確かだ。
 天へ、天へと。ひたすら階段を上り、人ひとりがようやく生まれゆくほどの岩壁の隙間を抜け、子宮としての内部へと。
 500ドラクマと引き換えに、誰しもが滑り込むことを許される。かつての敬虔なる修道士たちからしてみれば、いったい何という、即物的な奇跡だろう。
 ここには、写本やイコン、杯や剣などの宝物が納められた博物館や、広間、教会、墓場、自然に抉られた岩壁にかつての隠遁者の住処を見つけることの出来る展望台などがあり、かなり見ごたえがある。
 教会内の壁に描かれた、油を塗られた者キリスト、天使長ミカエル、預言者ダニエル、使徒ルカらに、一途な瞳の巡礼者たちから、次々と十字と接吻が捧げられる。小さな少女の無邪気な仕草と背伸びのキスが、微笑ましい。
 燭影の揺らめきと香の抱擁の中、立ち尽くす目撃者に過ぎない私までもが、呼び覚まされるような高揚を感じた。
 かつてこの場所に惜しげもなく撒かれた聖なる種子たちは、今も髑髏の姿で大切に保管され、不思議に現実と遊離することなく融け合い、訪問者たちの視線をそう厭うこともなく、眠っている。
 今宵は満月。塔を昇ってよみがえり、平野へ降りて導かれゆく。地上に蒔かれる、新たな種子となる。







 アギア・トリアダ修道院を乗せた岩山の麓から、カランバカへと通じるトレッキングコースがある。
 その場所を目指して、アスファルトの道を足早に進む。メガロ・メテオロンからは2kmと少し。いよいよ時間がない。
 目的の修道院の影とその向こうに広がるカランバカの町を見つけて、それらしき抜け道を探す。
 標識もなければ、ひとけも全くない。まあ多分これだろうと思われる小道を、滑らないように気を付けながら、大急ぎで降る。
 迫り来るバスの出発時刻に冷や汗をかきながら、それでも、行く手を横切ろうとする小さな亀を撮影しようと立ち止まり、カメラを構えたりして、我ながら根っからの楽天家である。
 山道を抜けるのに1時間ほど掛かり、何とかぎりぎりにカランバカへ戻ることが出来た。
 ホテルで荷物を受け取って、バスステーションへ駆け込んだときには、出発10分前。無事に間に合って、心底ホッとする。
 カランバカを発って15分ほどで、トリカラに到着。どうやらここで、長距離バスに乗り換えのようだ。
 待ち時間に、近くの売店で、水とコーラを買う。
 ギリシアに来て以来、Eにご馳走になったものの他には、日本からカバンに入れてきたカロリーメイトと、機内から持ってきたビスケットの欠片のようなものしか食べていないが、ほとんど空腹を感じない。
 だが喉は渇く。水だけは、ほぼ毎日買っている。


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